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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)17432号 判決

原告(反訴被告。以下、原告という) 株式会社守屋工務店

右代表者代表取締役 守屋昭良

右訴訟代理人弁護士 窪田之喜

被告(反訴原告。以下、被告という) 双葉リース株式会社

右代表者代表取締役 福山勝

右訴訟代理人弁護士 君塚美明

主文

一  被告は、原告に対し、金六四万円及びこれに対する平成二年四月六日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の本訴請求及び被告の反訴請求を棄却する。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを三分し、その二を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(本訴)

一  原告

1 被告は、原告に対し、三九三万四一九一円及びこれに対する平成二年四月六日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行の宣言。

二  被告

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴)

一  被告

1 原告は、被告に対し、一五〇万円及びこれに対する昭和六〇年八月一日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 仮執行の宣言。

二  原告

1 被告の反訴請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の本訴の請求原因

1  原告はトンネル掘削などの土木工事を業とする会社であり、被告は建設機械のリースなどを営む会社である。

2  原告は、北陸自動車道田海トンネル工事のうち高畑トンネル掘削西口工事(以下、西口工事という。)を行うについて、昭和五九年一〇月二日から同月一八日まで(以下、本件期間という。)、被告から、湿式コンクリート吹付機(テックマン・メイコジェットM二〇〇〇S。以下、本件機械という。)ほか数台の関連機械を賃借した。

3  しかし、右機械のうち本件機械には構造上の欠陥があり、右期間中コンクリートが詰まるなどの故障が続いたため、使い物にならなかった。

4  そのため、原告は、次のとおり合計五四三万四一九一円の損害を被った。

(一) 労務費の損害 二七七万〇四七五円

原告は、本件期間中に西口工事に直接従事した労働者の労賃(直接労務費)と現場所長や炊事婦らの労賃(間接労務費)として合計三六四万二四二六円を支払い、また、右期間にこれらの労働者の能率給として二七万八〇五八円を支払った(合計三九二万〇四八四円)。そして、本件機械が正常に稼働すれば、本件期間中これらの労務費により一日あたり二・五メートルの割合による合計三七・五メートルのトンネル掘削が進捗するはずであり、この場合一メートルあたりの労務費は一〇万四五四六・二四円である。ところが、実際には、本件機械の故障のため、本件期間中に一一メートルしか掘削が進捗せず、二六・五メートル分の進捗が得られなかった。従って、前記労務費中右一一メートルの実績を得るために要する一一五万〇〇〇九円を超える部分である二七七万〇四七五円は、本件機械の故障により無益に失った労務費であり、原告が被った損害である。

(二) 経費の損害 三四万六二六六円

原告は田海トンネル工事を株式会社銭高組ほか一社からなる共同企業体から請け負ったが、右契約では、一〇か月間の経費が一一六〇万円として計上されていた(実際にはこれ以上の経費を要している。)。そして、そのうち乗り込み諸経費は一〇〇万円、引き上げ諸経費は八〇万円であり、右二口は工期の長短に影響を受けない経費であるからこれらを除くと、九八〇万円が工期一〇か月分の経費である。従って、前記二六・五メートルの遅れ(約一一日分)に対応する経費分は三四万六二六六円ということができるところ、これは本件機械の故障により無駄な出費となったのであり、原告は同額の損害を被った。

(三) 吹付材料費の損害 一四万七六〇〇円

本件機械の故障のため廃棄を余儀なくされたコンクリートがある。そして、廃棄されたコンクリートの材料は少なくとも次のとおりであり、原告は同額の損害を被った。

セメント 一・二トン 一万八〇〇〇円相当

急結剤 〇・六トン 九万三〇〇〇円相当

砂 一二立方メートル 二万五二〇〇円相当

砂利 六立方メートル 一万一四〇〇円相当

(四) 重機車両の遊休損害 七五万八〇〇〇円

原告は、その所有の重機車両を西口工事に使用したが、銭高組から右重機車両の使用料として一日七万五八〇〇円の支払いを受けることになっていた。ところが、右期間中の進捗は一一メートルに過ぎなかったのであるから、一日二・五メートルの進捗割合によれば五日足らず有効に稼働させえたにすぎないことになる。従って、原告は右重機車両を遊休させられたことにより損害を被ったところ、その損害額は、残りの一〇日分の使用料金である七五万八〇〇〇円と評価すべきである。

(五) 他社リース機械の遊休損害 一四一万一八五〇円

原告は伊藤忠建設機械販売株式会社から建設機械を賃借して本件工事に使用したが、本件期間中一一メートル進捗させるに役立っただけでその余を遊ばせてしまった。そして、右遊休期間に対応する右機械類の賃料は一四一万一八五〇円であるから、原告は同額の損害を被った。

5  原告は、昭和六〇年六月二一日から同年七月二一日までの間、被告から別紙機械目録記載の機械を賃借したが、その賃料のうち一五〇万円が未払いであり、その弁済期は同年七月末日であった。そこで、原告は、昭和六二年六月一〇日到達した内容証明郵便で、被告に対し、原告の4の損害賠償債権と右賃料債務を対当額で相殺する旨の意思表示をした。従って、これにより、損害賠償債権の残額は三九三万四一九一円になった。

6  よって、原告は、被告に対し、右三九三万四一九一円及びこれに対する平成二年四月六日(同日までに被告に送達された本件の準備書面で最終的に右金額の支払いを請求した。)から支払いずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  本訴の請求原因に対する被告の答弁

1  1は認める。

2  2は認める。但し、昭和五九年一〇月二日から同月七日(休日)までは本件機械の試験吹付期間であり、同月一三日以後は別の機械で吹付けが行われた。従って、本件機械による工事期間は同月八日から一二日までの間である。

3  3は否認する。

4  4は争う。

5  5のうち相殺の効力は争い、その余は認める。

三  被告の本訴の主張

1  本件機械には何ら瑕疵欠陥はなかった。正常に作動しなかったことがあったとしても、その原因は本件機械の清浄作業が十分でなかったこと及び使用したセメント、急結剤、砂、砂利などの材料の不良またはそれらの配合の不適合などに起因するものであり、本件機械の性能とは関係がない。現に、本件機械は、原告から返還されたのち何ら修理改良をせずにほかの多数の工事現場で使用され、正常に稼働している。

2  本件工事は日本道路公団が発注し、共同企業体が請け負い、原告が下請負をしたものである。ところで、本件機械は技術資源開発株式会社(以下、技術資源会社という。)が開発した新製品であり共同企業体の一員である銭高組が性能試験に立ち会ったうえ採用を決め、原告に使用させたものである。従って、本件機械は銭高組が選定したことにより特定し、原告と被告の間の賃貸借契約は特定物の賃貸借契約としてなされたというべきである。あるいは、原告は、本件機械に瑕疵があることを知りながらこれを賃借物件として受領したという状況もある。そうすると、本件機械に原告主張のような問題があったとしても、これは賃貸借契約上の瑕疵担保責任の問題を生じさせうるに過ぎないところ、本件訴えは、原告が瑕疵を発見したときから一年を経過したのちに提起されているから、被告の右責任は消滅している。なお、瑕疵担保責任の場合の被告の損害賠償義務は、本件機械のリース料(一か月一二五万円であったが、のちに同一二〇万円に減額された。)の範囲内に制限されるべきである。

3  本件機械は前記のように技術資源会社が開発した新製品であり現場での稼働実績がなかったが、銭高組はこのことを知りながら、技術資源会社のした公開テストに立ち会い優良性を認めて選定し被告からのリースによる導入を決定した。そして、本件機械に性能上の問題があったとしても、原告は、銭高組の指導監督を求めることなどにより容易に合理的な対応措置を講ずることができたはずである。このようなことからすると、被告には、瑕疵のない完全な機械を提供する義務はなかったというべきである。

4  被告は、本件機械のメーカーではなく技術力を有するわけでもないから、指定された機械を搬入して提供すれば足りる立場にいた。従って、被告はエンジニアの派遣、技術指導などをすべき立場にいたものではなく、技術資源会社などがこれをしても被告がその費用を原告に請求できるわけではない。このような被告としては、本件機械に問題が生じたのち銭高組及び原告の要請に従い相当な範囲の対応を尽くしているから、被告に不完全履行の責任はない。

5  前記3の事情のほか、共同企業体と原告との下請契約では、原告は共同企業体が選定した本件機械を使用することが義務付けられており、そのような機械の性能に問題がある場合の処置についても下請契約が定められていた。そして、特に、本件期間は性能試験期間であった。従って、その間本件機械の作動状況に問題があったとしても、それに起因する責任関係は銭高組ないし共同企業体と原告との間の問題として処理されるべきであり、被告が責任を負うような問題ではない。

6  本件機械に故障があったとしても、そのために最終的に工事が遅延したことはなく、原告は、工期中に本件工事を完成して元請負人から当初の下請契約に基づく下請代金全額の支払いを受けた。そして、原告主張の損害費目は、いずれも当初から請負代金のうちに計上されているのであり、本件機械の故障により余分に支出しあるいは得られるべき利益が得られなかったという性質のものではない。従って、原告が約定請負代金の支払いを受けている以上、原告が主張する損害なるものは存在しない。

7  本件機械の性能に問題があったとすれば、原告は、直ちに(少なくとも前記試験期間中には)、その使用を中止して代わりの機械を導入するなどの措置をとり損害の発生または拡大を防止すべきであった。ところが、原告は、そのような適切な措置をとらないで漫然と本件機械の使用を継続した。従って、原告にはこの点で過失があるから、過失相殺がなされるべきである。

四  三の主張に対する原告の答弁

1  1は否認する。

2  2のうち請負契約関係は認めるが、その余は否認する。

3  3は否認する。

4  4のうち被告がメーカーでないことは認めるが、その余は否認する。

5  5は否認する。

6  6は否認する。なお、田海トンネル工事は当初の工期より二か月以上遅れて完成した。もっとも、その原因は西口から五二メートル掘削が進捗した地点で基本となる工法を変更することになったことが大きな原因であり、そのため請負代金自体も変更されている。しかし、右五二メートルの間では本件機械の故障による遅延を取り戻すことはできなかったし、本来、遅延が取り戻せたとしても、原告の損害の主張に影響があるとはいえない。すなわち、請負契約は請負人がより少ない経費で仕事を完成し利益をあげることに努力することを特徴としているのであるから、本件機械の故障のため予定通り仕事が進捗しなかったのにこの間予定外の経費を要しまたは故障のため材料が無駄になった以上、それだけで原告に損害があったということができる。

7  7は否認する。

五  被告の反訴の請求原因

本訴の請求原因5のとおり、被告は原告に対し一五〇万円の賃料債権を取得したが、原告のした相殺は本訴で主張したとおりその効力がない。

よって、被告は、原告に対し、右一五〇万円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和六〇年八月一日から支払いずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うよう求める。

六  反訴の請求原因に対する原告の答弁

被告主張の債権の発生は認めるが、本訴で主張したとおり相殺により右債権は消滅したから、被告の反訴請求は理由がない。

第三証拠関係《省略》

理由

第一本訴について

一  原告及び被告が本訴の請求原因1のとおりの会社であり、原告が本訴の請求原因2のように被告から本件機械を賃借したことは、当事者間に争いがない。

二1  そして、《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

本件機械は、生コンクリートを高圧気流によりノズルから吹き出すことによりトンネルの壁などにコンクリートを吹き付ける機械である。本件機械は、昭和五九年一〇月二日西口工事現場に搬入された当日から坑内外で作業に使用されたが、生コンクリートの搬送経路内に閉塞状態が頻発するという予期しなかった事態が生じた。そこで、本件機械を開発製造した技術資源会社から派遣され前記現場に詰めていた同社の技術者が、右状態の改善のため種々の努力をしたが成功せず、同月九日及び一〇日にはシリンダーの故障も加わり、正常な吹付作業をすることができなかった。そして、その詳細は後記認定のとおりである。

2  右認定によれば、特段の事情が認められない限り、本件機械には生コンクリートの閉塞を防止するための機能などに欠陥があり、そのために正常な使用に供することのできないものであったと認めることができる。

3  被告は、閉塞の原因は不十分な清浄あるいはコンクリートの素材の不良ないしその配合不良にあったと主張している。しかし、清浄に問題があったことをうかがうに足りる証拠はない。コンクリートの素材ないしその配合の点については、証人斉藤祐之の証言中に右主張に沿うような部分がある。しかし、右証言部分は具体的な裏付け資料を併わないものであり、《証拠省略》に照らすと採用することができない。また、被告は、本件機械がその後別の工事現場で正常に稼働していると主張してこれを前記主張の根拠としている。しかし、前記証言によれば、これらのその後の現場では、本件機械はその一部である攪拌スクリュウ系統の装置が取りはずされて使用されたこと、すなわち、原告が賃借した本件機械には、コンクリート材料を練り上げて生コンクリート搬送経路に供給する装置である攪拌スクリュウ系統が取り付けられており、これが使用されていたが、その後の現場ではこの装置を取りはずし、別のミキサーで練った生コンクリートを入れて使用したこと、生コンクリートの練り具合が悪いと前記搬送経路内での生コンクリートの閉塞が生じやすくなることを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。そうすると、本件機械とその後の現場で用いられたという機械は閉塞防止性能という点では同一の機械ということはできず、かえって、本件機械の攪拌スクリュウ系統に問題がありそのため前記のように閉塞が頻発したと推認することが可能である。従って、前記のその後の作動状態は被告の前記主張を裏付けうるものではない。そのほかに右主張を認めるに足りる証拠はない。

三1  そうすると、被告は、賃貸借契約に基づき前記のような欠陥のある機械を引き渡したのであるから、そのため原告に損害が生じた場合には、債務の不完全履行としてこれを賠償する義務がある。

2  被告は、本件機械に欠陥があったとしても、法律的には瑕疵担保責任の問題として解決されるべきであると主張している。しかし、被告主張のように本件機械が特定物として取引きされたことを認めるに足りる的確な証拠はないし、原告が前記のような欠陥があることを認識したうえで本件機械を履行として認容し瑕疵担保責任を問うなどの事情があったことを認めるに足りる証拠もない。従って、右主張は、その余の点を判断するまでもなく、採用することができない。また、被告は、本件機械の賃貸借契約は瑕疵のない機械を提供するまでの義務を負わない趣旨のものであったとも主張しているが、そのような事実を認めるに足りる証拠はない。

次に、被告は、その立場上相当な範囲の対応をしているから不完全履行の責任はないと主張するが、本件の全証拠によっても、被告が本件機械の賃貸人としての義務を完全に履行したことになるものとすべき根拠を見出すことはできない。

さらに、被告主張の下請契約上被告に不完全履行の責任を負わせない趣旨の約定があったことを認めるに足りる証拠はない。

もっとも、後記のとおり、本件機械は前記現場に搬入後試験吹付けをすることが予定されており実際に試験吹付けから使用され始めたものであるところ、この関係で一部原告の損害賠償債権が制限されると解することができる。しかし、これ以上に本件期間全部について被告が不完全履行の責任を負わないとすべき理由はない。

四  そこで、原告の損害の主張について検討する。

1  労務費の損害

(一) 原告は、一〇月二日から同月一八日までの間に本件機械の欠陥のため無駄な労務費を費やし損害を被ったと主張している。そこで、検討するに、《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。

(1) トンネルの掘削工事は、所定の掘削長ごとに地山の掘削、コンクリートの吹付け、補強材の設置などの工種が順序立って施行され、これが積み上げられることにより進捗する。従って、例えば地山の掘削だけを吹付けと無関係に施行するようなことはできない。また、トンネルの掘削は一〇名内外の作業員がそれぞれ担当工種を受け持ち一組となってこれにあたるようになっている。そして、原告では、工事現場の作業員及び現場事務所の事務員並びに現場の食堂の炊事婦については、現場単位で毎日の出勤の有無に基づく日給の給与体系をとっており、後記のとおり能率給と呼ばれる給与も支払われていた。

(2) 西口工事は、本件機械が搬入された昭和五九年一〇月二日までに坑口から約二〇メートルまでのサイロット工法による導入部分が施行され、これから奥の部分がナトム工法と呼ばれる工法により本格的に掘削され始める段階にあった。

(3) 但し、本件機械のような湿式吹付機は開発されたばかりで原告の工事現場でも初めて使用されるものであったから、機械の様子を見るとともに作業員が本件機械に習熟する機会とするため搬入後試験吹付けをすることとされていた。

(4)イ そこで、一〇月二日作業員一七名全員が参加して坑外の坑門口上部域を使い試験吹付けを実施したが、前記のような閉塞が続き順調な試験はできなかった。そのため、試験吹付けを翌日に続けることとされた。原告は、この作業員の給与として合計一九万九〇〇〇円を支払い、事務員の給与は三万二〇〇〇円、炊事婦の給与は一万六〇〇〇円であった(以下、事務員の給与及び炊事婦の給与は、一〇月一八日まで同じである。)。

ロ 一〇月三日にはサイロット部の坑内に移って試験吹付けをしたが閉塞が頻発し、成功しなかった。この試験には一一名の作業員が直接参加し、その給与は一三万五二八五円である。

ハ 一〇月四日は同じ部分を使って試験吹付けを続けようとしたが、すぐに閉塞が生じ、その除去を試めていた技術資源会社の指導員が閉塞から開放された高圧空気とともに飛散したコンクリート素材のためひどい怪我をしたので、終日試験は中止された。この日も一一名の作業員の仕事がなくなったが、その給与は一三万五二八五円である。なお、ほかに参加が予定されていた作業員は、雑工に従事した。

ニ 一〇月五日は午前中四日と同じように試験吹付けをしたが閉塞が多くて成功せず、午後はまた坑外に出して三日と同様の試験吹付けをしたがやはり閉塞の改善ができなかった。この日の作業員の状況も前日と同様であり、給与は同額である。

ホ 一〇月六日は五日と同じところで試験吹付けをしたが、やはり閉塞が多かった。しかし、一〇月八日からナトム工法による本格的掘削に着手することとし、本件機械をその吹付けに使用することとした。この日は九名が吹付け作業に参加したが、その給与は一一万三八九三円である。

ヘ 一〇月八日(七日は休日)はナトム掘削に着手したが、本件機械の閉塞が多く吹付けが順調に進まなかったため掘削量が少なかった。しかし、一メートルの掘削ができた。この日も一二名の作業員がこれに従事し、その給与は一四万三七六九円である。

ト 一〇月九日からは昼夜二交替制で、それぞれ八名の作業員でナトム掘削を続けたが、閉塞があり吹付けが遅れたのと、本件機械のシリンダーにも故障が生じたため、順調な掘削ができず、一メートルの進捗に留まった。この関係の作業員給与は二二万四一五五円である。

チ 一〇月一〇日はシリンダーの故障がなおらなかったためまったく掘削できなかった。そのため昼勤八名は雑工に少し従事し、その給与は一〇万九五四九円である。なお、夜勤予定者はほかの導坑掘削の作業に従事した。

リ 一〇月一一日は、昼夜八名ずつの二交代でナトム掘削を続けた結果、閉塞が多かったが二メートルの掘削をすることができた。その従業員給与は二二万四一五五円である。

ヌ 一〇月一二日は、前日から被告を含む関係者間で本件機械による吹付けを断念し乾式吹付機を導入することが決まっていたので、昼勤七名がその入れ替えの段取りをした。夜勤八名は本件機械を用いた最後の掘削に従事し、一メートルの掘削進捗を得た。作業員給与は二一万〇八五八円である。

ル 一〇月一三日は乾式吹付機により昼勤七名夜勤八名でナトム掘削を続けた結果一メートル掘削が進捗した。但し、昼勤はほとんど前日の吹付けの手直しそのほかの作業に従事した。作業員給与は二一万一五九二円である。

オ 一〇月一五日(一四日は休日)は、昼勤八名夜勤七名で乾式吹付機を使用してナトム掘削を続け、二メートル進捗した。その給与は二一万〇九五九円であった。

ワ 一〇月一六日は昼勤八名、夜勤七名で同様の掘削を続け、二メートル掘削できた。給与は前日と同じである。

カ 一〇月一七日は昼勤、夜勤とも八名編成であったが、道路公団から本件機械による吹付け部分について閉塞のため生じた吹付けむらの手直しをするよう指示され夜勤が主としてこれに従事したため、掘削は一メートルの進捗に留まった。作業員給与は二二万五九七五円であった。

ヨ 一〇月一八日は、昼夜勤各八名の編成であったが、本件機械による吹付け不良の手直しと閉塞時の捨てコンクリートのはつり処理に従事したため掘削の出来高はなかった。この関係の作業員給与は二二万四二四一円である。

(5) 右のとおり、一五日間の作業日で、ナトム工法により一一メートル掘削したが、原告は、請負契約の予算見積りでは一日二・五メートルの進捗を予定していた。そして、乾式吹付機に替えたのちには一日平均二・五メートル以上の進捗があったとみてよい作業実績があった。しかし、本件機械を乾式に替えて間もなくの期間にあっては、むしろ、一日二メートル進捗の日が続いている(前記一〇月一五、一六日及びその後の同月一九日、二五日、二九日、三一日など。)。

(6) 原告は、現場作業員に能率給を支払っているが、九月二一日から一〇月二〇日までの能率給は、本件機械による作業に関係した一三名(甲第二一号証の三の一、二に記載の人たちから冒頭の六名及び日塔政義、今静治を除く。これらは、原告自ら除外するむね主張している。)について合計四六万三四三〇円であり、この間二五日稼動したとすると一人一日あたり一四二五円になる。

以上のとおり認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)(1) そうすると、原告は、本件期間中、本件機械の瑕疵のため正常の作業実績を得ることができない日が多かったのに、これが得られる場合と同じだけの労務費を費やしたのである。ところで、原告のしたような請負にあっては、約束の仕事の実情や原告の努力により経費の節約を計ることができ、そうすることができればその分利益が増加するのであるから、前記支払給与のうち、現実の作業実績を得るだけならば支出を要せず節約できたと認められる部分があれば、右部分は無駄な出費として損害にあたるということができる。

被告は、この点について、本件機械の故障のため工事全体の完成が遅れたわけではなく、原告は注文者から当初の約定の請負代金の支払いを受けているところ、労務費は請負代金のうちに計上されているのであるから、原告には損害がないと主張している。しかし、前記説示の損害は、原告が工事に要する費用を無駄に支払わざるをえなかったところにあるのであるから、約定の請負代金が支払われたとしてもこれが損害になることに変りはない。また、《証拠省略》によれば、本件機械の故障による工事の遅延はその後回復できなかったことを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はないから、これと異なる被告の主張は前提を欠くうえ、仮に遅延を回復しえたとしても、それ以前に無駄な経費を要したことには変りらない。従って、被告の前記主張は採用することができない。

そこで、前記支払給与中のこのような損害の有無とその金額について検討する。

(2)イ まず、本件機械は前記のとおり試験吹付けが予定されておりこれは本来の掘削実績を挙げることを目的とする吹付けではなかったところ、《証拠省略》によれば、試験吹付けとして一日程度はみておくべきであったと認めることができる。そうすると、この一日、すなわち一〇月二日については、試験吹付けの性格上、原告主張の掘削実績がなかったとしても、これに関与した作業員等の給与は無益のものとはいい難く、損害とは認められないというべきである。

ロ また、前記認定によれば、一〇月一一日、一五日、一六日については、少なくみた場合の進捗度(前記四1(一)の(5))に達しているから、右三日の給与も損害となる部分は認め難いというべきである。

ハ 次に、事務員に支払った給与については、《証拠省略》によれば、これらの人は、現場に出ている間は日給計算により給与が支払われるようになっているが、本来は本店の月給制の職員であることを認めることができる。そうすると、事務員の給与は、現場単位の経費としてみる場合にはともかく、原告の事業一般の経費としてもともと節約できるものとしての性格がなく、かりに現場担当となった場合にそのような性格の部分が付加されているとしても、それが前記支払給与中どの程度を占めるものであるかという点を確認するに足りる証拠はない。従って、事務員の給与は、前記のような意味で原告の損害になったということはできず、そのほかにこのうちに損害に該当する部分があったと認めるべき主張立証はない。のみならず、《証拠省略》によれば、本件期間中西口工事とともに高畑トンネル東口工事が行なわれており、東口の工事は本件機械とは関係のないものであったことを認めることができるところ、東口の工事のためにも事務員が必要であったものと推認できるから、前記事務員給与は全部無益になったものといえず、どの程度無駄になったものであるかを確認できる証拠はない。この点でも、事務員の給与を本件の損害と認めることはできない。

ニ 炊事婦給与については、右ハのと同じ理由で、損害を認定し難い。

ホ さらに、《証拠省略》によれば、作業員中二名(守屋吉茂及び守屋宗和)の給与については、前記ハの事務員給与に関すると同じ状況にあることが認められるから、同じ理由で本件の損害とは認め難い。

ヘ そして、《証拠省略》によれば、そのほかの作業員は、現場単位に雇用され実際に作業に従事した日ごとに日給として給与を支払うものであり、右給与は請負作業遂行上直接の費用という性格のものであることを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はないから、右給与中有効な作業に従事しえなかったあいだに対応する部分は本来節約可能であったということができる。

(3) そこで、具体的に以上の限定を付した損害というべき労務費について検討すると、《証拠省略》によれば、一〇月三日、四日、五日、六日、八日、九日、一〇日、一二日、一三日、一七日、一八日の前記作業員給与から守屋吉茂及び守屋宗和分を差し引いた金額と、各当日の前記能率給を考慮すべき作業員の数に前記一四二五円を掛けた金額を加えた合計金額は、順次一四万九五三五円(一三万五二八五+一万四二五〇)、一四万九五三五円(一三万五二八五+一万四二五〇)、一四万九五三五円(一三万五二八五円+一万四二五〇)、一二万六七一八円(一一万三八九三+一万二八二五)、一四万〇〇一九円(一二万五七六九+一万四二五〇)、二〇万六六八〇円(一八万八一五五+一万八五二五)、一〇万一五二四円(九万一五四九+九九七五)、一九万四八〇八円(一七万四八五八+一万九九五〇)、一九万四一一七円(一七万五五九二+一万八五二五)、二〇万八五〇〇円(一八万九九七五+一万八五二五)、二〇万六七六六円(一八万八二四一+一万八五二五)であることを認めることができる。そして、前記認定によれば、一〇月八日、九日、一二日、一三日、一七日については右各金額の半額、その余の日については全額を損害と評価することができるからその計算をすると、合計一三五万円(千円以下切り捨て。)になる。

2  経費の損害

《証拠省略》によれば、原告は本件工事のためいわゆる作業所経費の支出を要したことを認めることができるところ、原告は、本件機械の欠陥のため遅延した期間だけ無駄な作業所経費を要したのでこれを損害としてその賠償を求めるのである。しかし、原告がこれらの経費の内訳としている甲第三六号証の科目を見ると、前記のような不都合な期間があったことにより全体の工期との関係で単純に割合的に無駄な経費部分を認定することは困難といわざるをえないのであり、また、前記事務員の給与についてのと同様のこともあり、原告の右請求は理由がないというべきである。

3  吹付材料費の損害

《証拠省略》によれば、本件機械の閉塞のため、無駄になったコンクリートがあるところ、その量は、坑口上部、サイロット部、ナトム部の合計でセメント材八・六五三トン、細骨材四三・八三七立方メートル、粗骨材三二・九六七立方メートル、急結剤〇・一〇六七トンと見積もることが可能であること、そして、これに右各単位量あたりの購入価格である順次一万五〇〇〇円、二一〇〇円、一九〇〇円、一五万五〇〇〇円を掛けた合計は三〇万円以上になることを認めることができる。従って、原告のこの関係の主張損害額はこれを下回る一四万七六〇〇円であるから、少なくともその千円以下を切り捨てた一四万円の請求については、全部理由があるというべきである。なお、前記のように、約定請負代金が全額支払われていることによっても、右認定判断は左右されない。

4  重機車両の遊休損害

《証拠省略》によれば、原告は、原告所有の重機車両を使用して工事をし、その使用料が約定請負代金中に計上されており元請人から支払ってもらうことになっていたところ、掘削に関係するものとして、ジャイアントブレーカーが一日二万円、一一トンダンプカーが一日二万円、サイドダンプショベルが一日二万三四〇〇円、トラクターショベルが一日七二〇〇円、四トンユニックが一日三二〇〇円、二トントラックが一日二〇〇〇円で一日合計七万五八〇〇円と計上されていたことを認めることができる。そして、原告は、本件機械の欠陥により本来の進捗が得られなかった部分については、これらの重機車両は遊休したことになるからその分の使用料相当の損害があると主張するのである。しかし、原告代表者本人尋問の結果によれば、原告は元請人から約定請負代金に見合った金額の支払いを受けていることを認めることができるから、遊休期間中の使用料収入が得られなかったというわけではない(この点は、無駄な出費を検討すべき場合と異なる。)。もっとも、工事が遅延したという点から見ると、原告は遅延期間右重機車両類をほかに使用することができなかったということができる。しかし、原告は右重機車両類の賃貸を業としているわけではないし、これらはその性質上原告の仕事があるときにそれにともない使用して使用料を得ることが可能である類のものと認められるところ、本件の場合具体的に引き続きほかの工事に使用して使用料を得ることが可能であったという事情も認められないのであるから、遅延期間中何らかの方法でほかに使用することができたであろうという程度では、これができなかったことによる損害を前記のような使用料を基礎として評価することは相当でないというべきである。従って、前記損害の請求は、理由がない。

5  他社リース機械の遊休損害

《証拠省略》によれば、原告は、掘削に使用する機械として(1)吹付ロボット(自動吹付機)、(2)クローラージャンボ(掘削機)、(3)ロードヘッダー(掘削機)と呼ばれるもの各一台を使用したが、これらは、元請人がレンタル会社から借り受けたものを同じ使用料を支払って使ったものであること、使用料は請負代金から控除されたこと、各使用料は一日あたり順次一万二三一三円、四万四〇八一円、九万一二五七円であったこと、その使用開始時期は順次一〇月一〇日、九月二八日、一〇月五日であったことを認めることができる。そうすると、前記四1の(一)及び(二)の認定判断によれば、控え目にみて、少なくともこれらの導入後掘削または吹付けの全くできなかった作業日即ち(1)については二日間(一〇月一〇、一八日)、(2)については六日間(一〇月三、四、五、六、一〇、一八日)、(3)については四日間(一〇月五、六、一〇、一八日)節約可能な無駄な使用料を支払ったことになるというべきであり、その金額は合計六五万四一四〇円である。従って、原告のこの関係の請求は、六五万円(千円以下切り捨て。)の賠償を求める限度で理由があるというべきである。

6  そうすると、原告は、本件機械の賃貸借契約の不完全履行に基づき、被告に対し以上の合計二一四万円の損害賠償債権を取得したというべきである。

五  被告は、過失相殺を主張しているが、以上の損害の発生または拡大について、原告に斟酌すべき過失があったことを認めるに足りる証拠はない。

六  被告が原告に対し反訴の請求原因のとおりの賃料債権(元本一五〇万円、弁済期昭和六〇年八月一日)を有していたことは当事者間に争いがないところ、原告が本訴の請求原因5のとおり相殺の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。そうすると、右相殺により、前記損害賠償債権は六四万円が残存することになったのであり、原告が被告に対し改めてその主張のとおり履行を請求したことは、本件の記録上明らかである。

七  以上の次第で、原告の請求は、被告に対し六四万円及びこれに対する平成二年四月六日から支払いずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余は理由がない。

第二反訴について

反訴の請求原因は当事者間に争いがない。しかし、反訴の請求債権は本訴について判断したとおり、原告のした相殺によりその履行期以前に生じた相殺適状の時にさかのぼって全部消滅したものというべきである。従って、被告の反訴請求は、理由がない。

第三まとめ

よって、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤英継)

〈以下省略〉

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